自閉症

発達障害が努力しても報われないのは真実です

2020年8月6日

このページはアフィリエイト広告を使用しています

ぴょん太郎

こんにちは、ぴょんたろうです。

皆さんはこのように思ったこと・感じたことはありませんか?

✅自分は発達障害だから努力しても報われない(どうせ意味ない)
✅子供が発達障害だから努力しても報われない(どうせ意味ない)

筆者はあります。

とてもありますね。

なぜならば、筆者も苦手なことがたくさんあるからです。

筆者は昔、パニック障害でした。
現在は寛解しています。

そのときに、医療機関で自立支援(病院代が1割負担になります。精神通院です。)の手帳を取得するため、診断書を書かなければならなかったのですね。

そのために、心理検査や発達検査を受けました。

 

その結果、結構できないところの凸凹の結果をみせられまして。

「あなたは大人の発達障害ですね」と言われました。
(^o^)/

絵画配列と、逆唱、それから動作性IQが低いんです。

言語性>動作性

この差が大きすぎるらしいのですね。

そして、筆者の子供は自閉症の診断を受けています。

じゃあ、私と子供って努力しても報われないのでしょうか?

答えは本記事をごらんください。👇

発達障害が努力しても報われないのは真実です

正解です

これはいつものパターンの「半分正解です」ではありません。

なぜならば「努力したら必ず報われる」というのは偏った考え方だからです。

典型的な認知バイアス(思い込み)です。

思い込みとは、深く信じ込むこと。また固く心に決めること。思い込みをする人は、ある考え方に執着し、合理的な推定の域を超えて、固く真実だと信じ、自分が正しいことを言うために常識・道徳・前例・先入観・習慣などを根拠にすることがある。

(Wikipediaより引用)

 

努力したら報われるという考えは「合理的な推定の域」を超えているのです。

スポンサーリンク

人は努力したら必ず報われるという考え方は危険

人は努力しても必ず報われるわけではありません。

努力すれば報われるという考え方は言い換えると以下のようになります。👇

 

報われていない(成果がでてない)のは、「努力が足りないからだ。」

 

スポ根1つください。

世の中には努力しても、報われる人もいれば努力しても報われない人もいます。

それが自然の摂理です。

努力すれば必ず報われるという考え方をする逆に努力を認められなくなる

自分の思い込みに気づくチャンス

 

自分の努力が報われないな・・・という考え方が出てきたら、自分のバイアスに気づくサインです。

 

驚いた人
驚いた人

あっいけない。自分は「努力したら必ず報われる」「報われないのは努力が足りないからだ」という偏った思考になっている!!

繰り返しますが、「努力しても報われないこともある」のが世の常です。

(間違った思い込みの例)

✅努力すれば、結果が出る(結果が出ない・できないのは努力不足である)
✅努力は裏切らない

いや。

努力は裏切るんです。

裏切るとか裏切らないとかの次元の話ではないからです。

 

・[いつも遊んでばかりなのに]いつもいい成績をとっているAくん

・その一方で「毎日勉強しているのに」点数が低いBくん

どちらが「努力していますか?」

 

努力は報われるという誤った思い込みをしてしまっている人は、Bくんを「努力が足りない!!」「成績が悪いのはもっと頑張らないからだ!怠けている!!なんでもっと頑張らないの?」と考えるでしょう。

 

考える人
矛盾にきづく人

えっそんなのおかしくない?あきらかにBくんの方が「努力の量」は多いのに?
怒られるの?努力は認めてもらえないの?

はい。

人間は努力すれば必ず報われると思い込んでいる人は

「むしろ、している努力を正しく認めることができません。」

そうすると、Bくんはどうなると思いますか?

 

こんなに努力してるのにどうして怒られるんだよ。
世の中は不公平だ!!

Bくんの心が心配ですね。
あきらかにAくんよりも頑張っているのに、それを「努力不足・怠けている」と言われてしまうなんて・・・・。

これがもし、兄弟間で起きたら出来不出来による正しい評価ができなくなってしまいます、

さらに、これは他人だけではなく自分自身にもあてはめてしまうのです。

「自分が報われない(成果が出てない)のは自分の努力が足りないからだ」と責めてしまうんですね。

努力は発達障害があってもなくても「必ず報われるもの」ではない

繰り返しますが、「努力すれば報われる」というのは、思い込みであって合理的な考え方ではありません。

その考え方は「できない(成果が出ない)(報われない)」=「努力が足りない・怠けているから」
という考えにつながりやすく、しかも「正しい努力の量を認められなくなる」という危険性があると書きました。

この考え方は、さらにもう1つ危険な考えにつながります。

それは

努力しても意味ない(どうせ無駄だし)

という考えです。

無力感にも似たこの感情は一般的には条件付けをして学習の結果、起きることです。

「無駄と言うことを学習してしまってあきらめ・無力・やる気の喪失」が出るのが一般的です。

ですが学習をせずに、起きてしまう条件があります。

発達障害・病気・貧困・難病・家庭環境などの状態に置かれたときです。

 

発達障害関係なく「努力しても報われない世界」を受け容れたくない

「誰でも努力すれば報われる世の中」を信じたい

一体なぜ、努力は必ず報われると信じてしまう(思い込んでしまう)のでしょうか?

それは・・・

公平な世の中を信じているから(=不公平な世の中を受け入れられないから)
です。

・・・誰でも同じ量だけ努力したら、同じように認められたい。(認められるべき)

・・・誰でも同じ量だけ努力したら、同じようにご褒美がもらいたい。(ご褒美がもらえるべき)

・・・だって人間は平等であるべきだし、不公平な世の中なんてあってはならないんだ。

それなのに。

どうしてさ?

どうしてうちの子ども(あるいは自分)は「不公平の名のもと(発達障害や難病)に生まれたの?」

どうして「私の家は母子家庭なんだ?」(不公平なの?)

なんで「アイツは努力もせずにイケメンってだけでモテんだよ?

なんで「貧乏な家に生まれたっていうだけでオレの人生こんな無理ゲーなの?」
(不公平がうけいれられない!)

そんな世の中、辛いだけじゃん、努力なんてしないよ。

だって不公平。

生まれたときから差があるんだもん。

元から「どうせうちの子は努力したって無駄」

 

・・・このような考え方は「世の中は公平であるべき」という思い込みからきているんですね。

不公平な世の中が当たり前なのですが、「発達障害は努力しても無駄」と思ってしまう場合には「世の中は公平だ」と信じている(思い込んでいる)場合があります。

このような方の場合は、親は子供の発達障害の診断がおりたとき

「不公平な自分の人生を受け入れられない」のです。

 

認知は3つあるよ
✅自分自身をどう見ているか?
✅他人をどう見ているのか?
✅世界(世の中)をどうみているのか?

子供を受け容れられないのではなくて(それもあるけど)


その前に自分自身の「世の中への見かた」に思い込みがあるので、そんな自分の人生・・・世の中を受け入れられないのですね。

 

受容、受容って子どもじゃないこともあるんです。
(受け入れられないのは)

不公平な世の中に生きているのは自分だけ、なんで・・・?

そんな不公平な世の中に生きなきゃいけない自分の人生が受け入れられないのです。

そうすると公平でない世の中を受け入れられないわけですから、障害など不公平な環境に置かれると簡単に努力を放棄してしまうのです。

そして世の中を否定したり自分の人生を否定したりします。

(*療育をしてもしても無駄で発達障害には努力しても無駄と学習した場合はのぞきます)

これはわりとたくさんの人が陥りがちだと思います。

努力すれば報われるという考え方は素晴らしい可能性を秘めた平等な言葉なのですね、だから信じやすいのですが実際は違います。

 

【発達障害】でも報われる本当の意味での公平な世の中

足りない分がサポートされる世の中であってほしい

本当の公平っていうのは「平等」ではないのですよね。

 

✅身長は変えられない
✅でも箱の個数は変えられる

本当に努力していない人というのは、自分の足で立てば景色が見えるのに立たない人のことですよね。

自分の足で立ちあがろうとしない人は、障害があろうとなかろうと社会からは評価されません。

それは人は同じです。

ですが発達障害だから一生、野球の観戦ができないというのはおかしな考えです。

本人が足りない分だけ努力すればいいのです。

 

本人の身長にあわせて足りない分の箱を用意することが、私の中での発達障害の療育です。

そこは、親が用意してあげればいいと思います。

その親の努力は無駄にはならないです。

無駄になるとしたら、箱を横に並べてしまっていたり、もっと軽い箱でいいのに鉄でできた箱を持っていこうとしたり・・・・

「高さを補助すればいい」という目的の部分で、間違った方向で支援をしているからだと思います。

 

発達障害が努力しても報われないのは真実ですのまとめ

・発達障害でも定型発達でも努力は必ずしも報われるわけじゃない
・努力さえすればうまくいくはず=うまく行かないのは努力不足 という思考の罠に注意!
・努力しても報われなくて当たりまえだと思うことはむしろ努力を放棄しないプラスになりえる
(報われなかった時に挫折しないから)
・「努力したぶん報われたい」のは不公平な世界を受け入れられないという心理が働いている
・公平と平等は違う

です。

参考になれば幸いです。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

(^o^)/

ランキング参加していますヽ(^。^)ノ

  • この記事を書いた人

ぴょん

はじめまして。ぴょんです。 中2自閉症男の子の母親。 支援や療育の記事だけを別のブログに引っ越しました。 サイトはこちら 発達障害の療育の勉強をしながら、自閉症の親として成長していく体験レビュー型ブログを目指しています。 そのほか、自閉症やADHDの子育てで気づいたことの情報発信もしています。 よろしくお願いします。

-自閉症
-, , ,

error: Content is protected !!