自閉症の育児方法

「怒られても謝らない息子」をABA(応用行動分析学)で考えた結果

2022年7月2日

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ぴょん
こんにちは、高機能自閉症中2男子の母のぴょんです。

 

前回の記事で「ごめんなさいが言えない息子」について、悩んでいたので療育の先生にLINEしてみました。

 

 

前回の記事👇

ごめんなさいが言えない息子について思うこと

 

療育の先生にLINEしたところ、私の息子が謝らないことについて見解をいただいたのでシェアしようと思います。

 

悩んだままで終わってしまったので、読んでくださった方は申し訳ありませんでした。

 

怒られているのを謝らないのってなぜ?

ごめんなさいというと「それ以上怒られなくて済むかもしれない」

療育の先生いわく

 

K先生
謝るということは「基本的に回避で使われる」ことが多いです

と教えてくださいました。

 

私は、その視点がなかったのですが、言われてみたらそうですよね。

ぴょん
「回避というのは行動分析学という学問の用語です。その行動(発言=ここでは謝る)が回避の手段として機能しているということです」

 

私は「息子がごめんなさいが言えない状況の情報」をそんなに言ってなかったのですが

 

わざわざ「怒られる前」と「怒られている最中」を想定して、回答くださいました。

 

 

ABCつけ忘れました。

 

 

ちなみに、私はいまだに行動分析学と応用行動分析学の違いをわかっていませんので使い分けることができません。

 

自閉症スペクトラムと自閉スペクトラム症と、発達障害と自閉症の違いはわかります。

話がそれました。

 

それで、K先生がいうには「ごめんなさい」が回避に使われているのではないか?という見解でした。

 

言葉で説明しますと

  • 怒られている最中の場合→「ごめんなさい」というとそれ以上、怒られなくなる
  • 怒られる前に「ごめんなさい」というと怒られずに済む(回避)

 

ということになると思われます。

 

上のはなんだろう?

弱化?

 

ちょっと私は行動分析は客観的に見なければならないので、好きなのですがそんなにうまくできないです。

 

このような視点で考えると「ごめんなさい」という言葉は、形式的なものである可能性もあるのですね。

 

ちなみにあとから自閉症の子が「謝りに来る場合」もABAで考えてみました

K先生が「お母さんが怒る前」と「怒られている最中」の説明をしてくれました。

 

あと残り1つのシチュエーション、私が他のお子さんを見ていて「えっ?すごい」と思った「お母さんさっきはごめんなさい」も考えてみようと思います。

 

あとから人に謝るときってどういうときか?考えます。

  • 謝らないと自分に不利益が講じるとき

 

私の場合になってしまうので、これしか思いつかないのです。

(追記:謝るとメリットがあるもあるかもしれません。)

 

そもそも心理的なことなので難しいです。

私だったら、短期的な関係性だったら相手との関係維持をする必要性がないので嫌われようがどうでもいいです。

 

関係性を維持しなくてもいいや、この人とは今後も長くお付き合いしなくてもいいや、と思ったら「言いたいことを言う」といってしまうことがあります。

 

その私の持論でいうと、スーパーでその場限りで1度しか会わない知らない「60歳の男性」に、躾のことで説教されてもどうでもいいです。

何度もいいますけど、形式的にはヘラヘラ「すみません~っ(笑)」とは言います。

 

だって、その人から嫌われたり「躾のなっていない母親だな」と思われたところで、その人って知らない人です、私に1ミリのダメージもありません。

その人から好感度が下がったら、私の貯金が減るとかだったら嫌ですけど。

 

これは息子にもよく言っています。

 

ぴょん
「人は嫌われてもいいんだよ。全員から好かれるとかありえないから。(笑)人はね、10人いたら2人は好きになってくれて、2人からは嫌われて、あとの6人は何も思ってない。(笑)人には好みの違いがあるからね。必ずそれを嫌いという人も好きという人が出てくる。〇〇〇(息子の名前)だって、この車は好きだけどこの車はキライってあるでしょう?それと同じだよ。だから好かれようと思わなくていい。」

 

これは短いほうなのですが、あるテーマについて一人独演会みたいにしゃべり倒していることもよくあります。

 

まあ、しゃべりたいだけなので聞いてても聞かなくてもいいんですけどね。

息子は「またはじまったよ」と笑っています。

 

youtubeが流しっぱなしくらいの感覚で聞いてくれたらいいのです。

(勉強や何かに集中しているときはしません、当たり前ですけど。)

 

子どもにとって「ごめんなさい」ってどんな機能を持つの?

しかし、本当に自分にとって重要な人物の場合は話は違いますね。

 

そういう時は関係維持のために「謝る」というのは、人間関係をスムーズに維持することにおいてとても大切なのです。

 

「お母さんさっきはごめんなさい」というのは、関係維持のために言っているのかもしれません。

 

  • 親が怒っていたら、(そんなのあるわけないと思いますが)手抜き料理を作られた。
  • しばらく無視された・態度が冷たい
  • 親から嫌われたら終わりだと思っている
  • 他人が怒らせたら「ごめんなさい」といわなければならない(ルール?)と学習している
  • 自分で怒ったことが悪いと思っている?

 

こうなってしまいます。

 

ちょっと一番下はクラスが違う気がします。

 

(*クラスとは次元クラスのことです。同列で考えるのではないということ)

 

「自分で悪いことと思っている=ごめんなさい」ではない?!

自閉症の子ども本人が「自分で怒ったことを悪いと思っている」からといって「ごめんなさい」と直接的には結びつかないと思うのです。

が、しかし経験によっては結びつくことはあるかな?とは思います。

 

だって、わざわざ「お母さんのところに近寄って謝る」ということは関係性・コミュニケーションの問題なわけです。

 

他人がいるから「言葉」を通して関係性が生まれるわけでして。

 

  • 謝っているから「悪いと思っている」(悪い自覚ある)
  • 謝っていないから「悪いと思っていない」(悪い自覚ない)

 

 

私はこのように考えてはいません。

外に出すのか出さないのか?(受信=アウトプット)は、思っていることとは別だからです。

 

自閉症の子どもは、自分の気持ちを言語化して外に出すのが苦手と言われます。

ですから、ことさら自閉症の子どもの「心の中と言語を一致させてみてしまう」のは避けなけれなならないとは思います。

 

言葉にしなくても、悪いことだと自覚していてどうやって表出していいかわからないときもあるでしょうし。

 

うまく伝えられないというのは、感覚的だからです、その感じていることにぴったりの言葉を知らなければうまく「言語化」されないですよね。

普通に感情を入れないで「ごめんなさい」っていうのって簡単です。

 

でもそうではなくてですね。

  • 自閉症の子どもの感じていること?=言語化「ごめんなさい」の間のつながり
  • 周囲の状況?=「ごめんなさい」

 

このイコールの部分の「つながり」を一つ一つ見ていくということです。

 

K先生は、ざっくりというとこの「周囲の状況」とごめんなさいについて解説してくれたわけです。

 

謝らなくてもいい関係性って?

K先生によると、その関係性において私の息子が謝らないのは、

 

K先生
「回避」をする必要がないと思っているのかもしれません

 

とのことでした。

 

私は、K先生があまりも早くここまでの分析を(私のように紙に書くわけでもなくおそらく脳内で)すぱーんと打ち返してきたことに驚きました。

映像でいうと、テニスでいきなりスマッシュされた感じです。

 

テニスで「たんたん・・・たんたん・・・」と最初のサーブの時には、テニスボールを地面に数回弾ませて、感覚を確かめますね?

 

その、まだ「たんたん」と私が地面テニスボールをやっているときにもう、K先生がサーブでスマッシュしてきてしまった感じです

(別に戦ってはいないです。イメージです。)

 

私は感情の言語化は本当に苦手です、「驚く」という感情の中にも種類がありまして。

驚きの種類によって、いろんな映像のシーンが浮かびます。

 

「手品でハトがでたときの驚き」「虹が出たときの驚き」「落とし穴に落ちたときの驚き」「車にひかれそうなときの驚き」

とか・・・全部違いますからね。

 

そのときの感情αによって(驚き+α)ふっと浮かぶ映像が違うだけです。

 

 

説明が難しいです。

すみません、取り乱しました。

 

回避をしなくてもいい(謝る必要がない)ということについて、K先生は「バカにしているのではなく信頼しているから謝らない」という可能性もあるとのことでした。

これを私が先ほど分析したABAに置き換えますと・・

 

「不利益の可能性なし」「ごめんなさいと言わない」「不利益なし」?

 

 

ぴょん
謝らなくても不利益を被らないだろう=相手への信頼ということもあるということですね

 

私はこれを聞いて事実はわかりませんが、わりと安心しました。

 

なぜならば

悩む人
「うちの子さっきはごめんなさいって言ったことない。私に謝ることがない

 

となっていまして、自分の子育てでは「ごめんなさい」を言えない子どもに育ててしまったのかも?と不安になったからです。

 

「ごめんなさい」と言わないことの可能性として信頼があるからという視点はまったくなかったのでとても整理されたのです。

 

ぴょん
「何も考えてない。」という可能性は除きます。それは選択性としてわかっていますので。

 

私は「他の親のお子さんを見てもやっとして自分の子育てに自信がなくなった」のですが、他者(ここではK先生)から「他の視点」での考え方を教えてもらうことで、すべてが整理されて理解がとても深まったわけです。

 

忙しい中、保護者の疑問に対してこのように丁寧に解説してくださることにとても感謝しています。

 

私は、また1つ「謝ること」についての知識が増えて、次。同じパターンになったときに紙に書く作業を省略することができるわけです。

 

本当にありがとうございます。

 

まとめ

皆さんはもやっとすることってないのでしょうか?

私は、もやっとすると注意の固着というみたいなのですが、それが起こりやすいです。

 

整理されて「わかった」となるまでずっと考え続けてしまうということがあります。(全部ではない)

 

ですから、今回、K先生にわからないことを「投げる」といいますか・・・預けるといいましょうか。

ちょっと言葉がわかりませんが、もやっとしたことを一人で考えていてもわからないので。

 

皆さんも一人で解決しようとせずに、自分よりもわかる人の知恵を借りてみるといいと思います。

事実や正解よりも、そのようなシーンの考え方なども参考になるかと思いますので。

 

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  • この記事を書いた人

ぴょん

はじめまして。ぴょんです。 中2自閉症男の子の母親。 支援や療育の記事だけを別のブログに引っ越しました。 サイトはこちら 発達障害の療育の勉強をしながら、自閉症の親として成長していく体験レビュー型ブログを目指しています。 そのほか、自閉症やADHDの子育てで気づいたことの情報発信もしています。 よろしくお願いします。

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