感じるセンサーの正常化シリーズ③は、「感じられない」を正常化させことです。
感情が「マイナスに振れる」のか?「プラスに振れやすいのか?」を把握する。
そして、「自分が感じる幸せとはどういうものか?」深く内観していく。
しかし、感情のセンサーがおかしくなってしまっていますと
「自分が何が悲しくて」
「本当は何が嬉しくて」
「本当は怒っているのに」
何も悲しくない!!
何をしても嬉しくない!!
ぜんぜん、怒ってない!!
って、感じられなくなってきてしまうんですね。
でも、それすら気づかなくなってしまうのですね。
知らず知らずに、心の中で「感じることへの禁止令」を、自分で自分に出してしまっているということがあります。
ここでの「感じること」というのは、感情だけではございません。
○○感とつくものも「感じること」なのですね。
例えば、過去に小さいあなたが「泣いたとき」
つまり「悲しみの感情を出したとき」に。
お母さんが「泣くな!!」「泣く子は出ていけ!」と怒る。
お母さんが、ちらっとあなたを見て、はあ~~っとため息をつき、苛立ちまぎれに、あなたへの着替えをとても荒々しく粗野に行った。
(=あなたへの扱い方がひどくなった)
(★上は言語・下は非言語メッセージが強いです)
このような、お母さんの行動を見て
あなたが、びっくりしたり、びくびくしたりするとする。
あるいは「拒絶感やうけいれてもらえなさ」を感じる。
あなたは、無意識に「悲しみを表現してはいけないんだ」と思う。
すると、あなたはある決断をしてしまう。
「悲しみを感じるのはやめよう」
「悲しみを表現するのはやめよう」と決める。
これは、○○感と名がつくものであれば「なんでも感じるのを禁止」できます。
この「禁止令の発動」の条件は、「脅威」「危険」です。
例えば「人を信じてはいけない」と禁止令を自分に出していらっしゃる方は、人を信頼できなくなる。
それは「人を信じるのは危険である=信じるな!!(禁止令)」になっているんですね。
その前に、いっかい、「絶望感」を味わうのですね。
怒りを感じてはいけないと禁止を決定する前に、「怒り感じることは許されないんだ」という絶望体験をしなければならないのですね。
「その感情を感じないように抗うということ。」
どうなるか?というと「人を信じるな!!」という禁止令を出している人は
ぜんぶ、自分でやるようになる。
ぜんぶ、1人で生きようとする。
これは、劣等感などもそうで。
「おしゃれをしてブランド品で身を固めてる」人は。
自分の無価値観・自己重要感などを感じなくするために
反抗しているということになります。
禁止令の例は以下のとおり。
- 「生きるな」
- 「信頼するな」
- 「存在するな」
- 「怒りを感じるな」
- 「恐怖を感じるな」
- 「悲しみを感じるな」
- 「期待するな」
- 「幸せを感じるな」
- 「嬉しがるな」
- 「女性であることを感じるな」
- 「男性であることを感じるな」
- 「自分であるな」
- 「子どもらしくいるな」
- 「欲しがるな」
- 「嫌悪感を感じるな」
- 「近寄るな」
- 「成長するな」
- 「関わるな」
- 「考えるな」
- 「成功するな」
- 「楽しむな」
などがあります。
「生きる・存在」カテゴリでの禁止令はとても強く苦しいものであるので、修正はかなり難しいです。
繰り返しますが
これらの「禁止令」(禁止を決定したこと)は、「脅威や危険」が元になっているから。
だったら、逆のことをしたらいいのね。
その禁止された感じ方を「安心・安全」に感じていいって、再体験できればいいの。
怒りが危険だと感じて、本当に禁止している人の場合は
「過去にあった悲しいできごと・悔しいできごと・怒りを感じるできごと」について
「全然、怒りを感じられない」ということもあります。
この場合は、心の中に「怒り」がたまってしまっていて、心の深いところにしまわれてしまっているので
解放しなければなりません。
解放の種類と手順は、多岐に渡りますので、一概にこうするといいとはいえません。
そのできごとの体験を、再体験しながらの「再評価」
(★安全な場所・安全な状況・人で)
あるいは、感じない場合は、他のアプローチが必要になってきます。
とりあえず、この記事では「自分の中に禁止令があるかもしれない」と禁止令の存在を知るという目的で書いています。
(続きます)