こんにちは。
前回の「3000万円は庶民説」ではないのですが、人は周り(平均)よりも、ちょっと上に行ったときが一番奢り高ぶるので気を引き締めなければ・・・って改めて思います。
ポイント
3000万円庶民説というのは、自分の勘違いを防ぐための考え方です。戒めのようなものであり調子に乗らないための考えかたです。
「3000万円なんてはした金じゃん」って言っているのではございませんのでご了承ください。
3000万円はすごいです。
でも、肩たたきで10円稼ぐ子も同じレベルですごいですよ。
同じ1円玉なので、1円生み出せたら同じ価値です、同じではないですけど。
そうですね。
1人の命と1000人の命が比べられないのと同じです。
話をm
繰り返しますが、自分のいる地点というのはいつでもゼロ地点なのですね。
ですから、隣にいらっしゃる方(他人)は本来は人として見た場合は同列です。
なんというか、向上心の話でも書きましたが「あの人たちはすごいねぇ」と一緒に言い合える仲間が隣にいるというのは素敵なことなのですね。
しかし、人は無意識に比較をする生き物なので、その場合は「下を見るか?上を見るか?」になってきますね。
比較が起きる場合は、私は上を見ることを推奨しています。
自分が一番下になれるからです。
そうするとたくさんのことを相手から学ぶことができると思います。
もし、自分よりも下だな、自分の持っている情報を知らないかもしれないと思う人がいた場合は(下とか上とか思わないですけどね)
あなたは、相手の役に立てる可能性があるのです。
その場合は「上の人から学ぶべきこと」の代わりとして、下の人にはあなたが教えてあげることができるのですね。
だから、どっちが知識が上で下で、ランク・レベルが低いという感覚はないのですね。
例えば、たまたま私は趣味でブログをやっているので、ブログのことに多少は詳しくなっていたりします。
それをブログという狭い範囲の中で、他人にマウントはとれません。
恥ずかしいからです(笑)
だって、自分が勝てる話でマウントを取っても、その人は私の知らない違うことで輝いているかもしれませんからね!(笑)
自分がすでに持っている情報でマウントをとっても私のレベルってあがらないです(笑)
だったら、自分が優位に立つ話よりも、相手の得意分野の中の輝きを分けてほしいのです。
そうすれば、その人の新しい魅力を発見できるかもしれないからです。
でも、これってとても難しいのです。
冒頭でお話したように、私も自閉症のことを少し知るようになった頃に、やらかしてきた過去があります。
ちょっと周りよりも知識があるかもと自分で思ってしまうんですよね。
年収800万くらいになると、ちょっと私ってすごくない?って思ってしまうのと同じ感覚です。
ちょっとすごくない?って思ってもいいんです。
自分の中でだけ、こっそりとお祝いしましょう。
もう少し稼いでいくともっと上の世界があることを知ることができるんです。
小学校で「こんなレベルか」と思ってたら中学校いってちょっとレベルがあがりますよね?
で。
高校なんて、もっと広い範囲から頭のいいひとが集まってくるので腰を抜かすのです。
(抜かしません)
これは学校の例ですが、お金を稼いで喜ぶのはいいのですが、喜びではなくて調子に乗っていると調子にのっていることが恥ずかしくなります。
そして、自分は、まだまだすごくないって思うようになるのです。
これは自己否定の「すごくない」ではないのです。
もっとすごい人やステージがあること、上の世界を知っているということ。
それに触れるためには、「自分がいかに知らないということを知る」のがスタート地点だと思うんですね。
はっきりいってしまうと、この感覚が一番楽でもあります。
生半可に「自分は稼げる」とか「自分はちょっとできる」とか「自分は知ってる」でも、なんでもいいんですけど、自分の位置をフラットに見続けるのが必要なのです。
いつでも「自分はわかってない」「自分は間違えることがある」前提を忘れないことって大切だと思います。
それを忘れたとき、人は成長ができなくなるんですね。