ごきげんいかがですか。
ぴょんです。
私、思うことがあるんです。
女性の皆さんが、仰っている共感。
これって、共感じゃないと感じるのです。
皆さん、「わかるー」っておっしゃるけれど。
わからなくていいんですよ。
元来、私知ってる共感とは似て非なるもの。
わからなくても、寄り添うのが本当の共感であって。
多くの女性がいっている「共感が大事」の共感は共感ではないのです。
だって、もし「わかるーー!!」という感覚が共感だったとしたら。
したらですよ?
同じ経験してない人には共感できないし
「あなたには、どうせわからないでしょ?」ってなりますでしょう?(笑)
バリアを張るでしょう?
「共感」という名の連帯意識で「定型発達の親」を排斥するでしょう(笑)
自分から遠ざけ、壁をつくって、「わからない」と決めつける。
まるで、宗教のそれのように。
あの方たちも、「社会には理解されない」と感じることが多い。
「社会ではわかってもらえないんでしょう?でも、大丈夫!!ここの宗教の人達なら、わかってあげるよ」と。(笑)
共感は、「わからないとき」こそ発揮されるもの。
わからなくていいんです。
共感の言語パターンは
「僕・私は(同じ経験や状況・立場にいないから全部は)わからないけれど、あなたはそう感じているんですね」です。
自分の感じ方なんて、脇においておくのね。
それを、多くの女性の皆さん。
「共感=自分が感じること・自分もそう感じられること」と思ってらしゃるわ。
女性がよく言う「わかるーー!!」っていうのは、相手の気持ちに共感してるんじゃないのね!!
同じような経験をした過去の自分の感情・気持ちを思い出して
それに対して「わかる」っていっているだけなの。
つまり、自分なの。
「自分、自分、自分」なわけ(笑)
でも、これを「共感」って間違えている方が多いって感じます。
これは直観です。
私、自分の直感を信じているわ。
かなりの精度があるもの。
それもそう。
だって、「地震」が来る度。
「震源地・マグニチュード・震源の深さ」を当てっこしていたの。
加速度、揺れ方、方向、周期動の長さ、P波とS波の時間差などを、直観で計算して
3つ当てるの。
で、ここからが大事なんだけど
必ず「自分の感覚だけで計算した震源地・マグニチュード・震源の深さ」を
気象庁の正解を見て、「ずれを修正」していくの。
そうすると「直感の精度があがる」んです。
でも、もうやめたわ。(笑)
だって、これやってると、気象庁が緊急地震速報を間違えて出したとき
「今の揺れ(実際の体験=現実≒震度3)=危険!!危険!!危険!!
震度3の揺れが危険だって?
この揺れ方=脅威(の知覚)
(エラーーー!!!!!)
いけない!!感覚統合がエラーを起こすぞ!!
まあ、皆さんには、これこそ「わからない世界」でしょう?
だって、皆さんは「そっかさっきの揺れ方は誤報だったんだ」って思考で納得できたら、感覚も納得できるんでしょう?(笑)
感覚の世界は、「思考や言語」なーーんて
なんの役にもたたないので・・・・(笑)
で・・・。
緊急地震速報の誤報のせいで、私の「感覚センサーが安全か安全じゃないか?」の閾値プログラムが一時的にエラーを起こして
(これはパニック障害も同じ)
震度1の揺れ=脅威!!
震度2の揺れ=脅威!!
震度3の揺れ=脅威!!
・・・こんな感じになってしまって、感覚統合がうまくいかなくなった
(これを地震酔いといいます)
(2023年5月末6月初旬)
私、うまく歩けなくなって、ふらふらするし、気分が悪くて
どうしようもなくて
耳鼻科で検査(めまいの検査と内耳の検査)してもらったんです。
内耳などの機能に問題はなし。
つまり、これは「脳」からのエラーってことなのね!!
ってことは「揺れ方」を処理する脳の器官の方がエラーってことなのね!!
「この揺れはこんなだよ~」「この揺れ方は危ないね・・・」「この揺れだとこれくらいかな・・・?」
こういうのを
皆さんも
無意識にやっているんですよ。
五感を通じてね。(笑)
私は、この皆さんが無意識にやっているであろう「感覚の世界」に生きているので・・・・
(感覚とあっちの世界=こちらの世界)
まあ、いいです。
認識(意味の世界)と感覚の世界の境界に住んでいると思ってくださればいいです。
だから、共感(感のつくもの)は、感覚分析すればいいだけの話です。
で、ぜんぜん共感できてない女性の皆さんが
私のことを「共感できない人」みたいに扱ったので、セルフイメージの差が恥となって
マイナス2だけ「傷ついた」のです。
まあ、いいです。
もう修復したので。
勝手にしたらいいわ。
それこそ、あなたたちの私の世界を見ることはできないでしょう?(笑)
つまり「スローモーションのコマ割りの世界」を見えないでしょ?
定型は動画でしょう?
私たちの見ている「この世界」
断続的に「コマをつなげて」「動画のようになめらかにつながっている」んでしょう?
でも、わたしたちの世界は違うわ!!
パラパラ漫画のように。
コマが1つ1つ見えるもの!!
だからそれを「分析している」。
わかるでしょう?
あななたちの世界では切り替えだって、無意識なのでしょうけれど。
こっちは、手動でしているんだから、
切替えの途中だって、ゆっくりなわけ。
注意の切り替えが自動ということは
その「注意の世界(見えない)の断続的な1コマの認識ができない」ってことでしょう?
私は、(感覚)ならば
「ビデオをコマ送りのように見れる」んです。
皆さんは、動画ね。
だから、どんなに頑張っても。
一連が動いて見えるので、認識は難しいでしょう?