発達障害は【病気】じゃない!療育疲れを防ぐ考え方のコツとは?

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自閉症支援の考え方について
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ぴょん太郎
 

こんにちは。

自閉症とADHD傾向のある小学生の息子を育てている母親のぴょんたろうです。

皆さんは、このようなことを考えたことはありますか?👇

 

発達障害を治せば定型発達の子に追いつけるかもしれない!

だから、療育をがんばっていこう!

がんばって療育をすれば、定型発達に追いついて発達の凸凹もなくなるかもしれない!

そうすれば、子供の「自閉症」の診断もはずれるかも。

 

残念ですが、この考え方をしていると「療育に挫折」してしまうことがあります。

なぜならば、「目の前の自閉症というわが子を本当の意味で受け入れている」とはいいがたいマインドをしているからです。

 
 

自閉症を「治す」「改善する」というとらえ方をしていると、頑張れるときは頑張れるのですが、結果が出ないときに辛くなってしまうのです。

 

筆者も経験したのでわかるのですが、「自閉症の子供をみんなと同じにしたい」という想いから育児をしていると努力したぶんだけ結果が出ないとき、自閉症の育児へのやる気が奪われていってしまいかねません。

じゃあ、どうしたらいいの?

今回は療育疲れや自閉症の子育て疲れを防ぐために、参考になる考え方を経験談から公開していきます。

(^o^)/

 

 

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自閉症の子どもというのは「アイデンティティ」で病気じゃない

発達障害は病気じゃなくて脳の違い


自閉症というのは、先天性で治らないといわれいます。

そして発達障害は病気ではありません。

脳機能の障害です。

障害とついているから何か悪いもののイメージがあります。

発達障害は先天性のもので治ることはないといわれています。

発達障害を改善したい!


血液型を改善するといわれても無理なのと同じように、発達障害を改善するのは無理です。

私たちが、「治したい」と思うとき改善する対象は2つあると思います。

 

①問題行動やできないことを改善すること(行動)
②その人自身がだめだから改善させようとする(人格・性質・気質など)

 

忘れ物をする人が「忘れ物をしないためにはどうやって行動を改善したらいいのか?」を考えることは重要です。

ですが、「あなたのだめなところは忘れ物をするところだから改善しなきゃだめだ」と考えるのは、よろしくない考えかたです。

なぜならば、前者は「忘れ物をする人を受容(受け入れている)」けれど、後者は「忘れ物をするような人を受容できていない(受け入れていない)」からです。

発達障害の改善・予防をしよう!

発達障害は予防したり改善するものではないのです。

改善というのは「よくないものを改めて善いものにする」というような意味あいが含まれます。

 

発達障害を「治したり改善する」ということは、「発達障害=よくないもの」という前提があります。

 

しかし、治すのは行動であって「発達障害のあなた・僕・私」ではないんです。

そこを混同しないのが大事だと思います。

親も、当事者の方もです。

 

発達障害は改善するようなものではない。改善するのは行動である。

 

発達障害を病気ではなく「違う存在」として認めること

人間は誰でも同じ人は一人としていません。

ですから、人は人、自分は自分と区別がついていればいるほど他人の違いが気にならなくなります。

違いが気にならないということは、「他人の違いを認めることができる」ということです。

違うところにこだわればこだわるほど相手を尊重できなくなってしまいます。

 

 

そもそもなぜ同じじゃなければならないのでしょうか?

同じでありたいと願う根底には、「仲間」「同類」という気持ちがあります。

人間は自分と同じ考えや行動をする人を好ましく思います。

そして同時に、本能レベルでは同じ考えや行動をする人は「自分の仲間・味方である」という安心感を得ることができるのです。

だから、みんなと同じことによって得られる最大の副産物は安心感なのです。

 

 

だから、不安なときには「みんなと同じこと」をしたがるんだね。

 

はい。

不安なとき、人はみんなにあわせようとします。

「みんなはどうしているのか?」周りをみて「自分の行動があっているのか?」確認しようとします。

これを社会的参照といいます。
 
社会的参照とは、問題解決場面や、行動選択がしにくいとき、自分だけでは意思決定や行動選択がしにくいとき、周りの人の表情や態度・反応をみて行動を決定するような現象のことを言います。
(コミュニケーションが人を成長させる Be&DO強調スニペッドより引用)
そもそも人と違うことをしていることを認めることは、不安がつきまとうのです。

発達障害の子供の親や当事者の方が「みんなと違う」と感じるのはとても不安なことである。
 

1人1人の違いを強く認めれば「普通」「みんな」という概念はなくなる

 

違いを認めるのはとても不安なのね。でも発達障害は治るものじゃないし・・・。

どうやって受け入れて違いを認めればいいの?

 

筆者の中にはあまり「普通」という概念がありません。

筆者自身が普通じゃないといわれてきたからです。

(中学の卒アルの寄せ書きにたくさん書かれています。(笑) )

 

なぜ筆者には、普通という概念がないのか?というと、答えは1つです。

✅「普通」というのは主観だからです。
ですから、人の数だけ「普通」があります。

✅文化や背景で常識が変わる
✅人の家庭と自分の家庭の育った常識が違う

などのように、時代や環境・土地などによっても「普通」が変わってきます。

誰もが思う「普通の子供」はあり得ないのです。

その影響がいちばん大きいのが「感覚」です。

「普通・おかしい」と感じるのは感覚の違いだからです。

ですが、感覚というのは疑いようがないものです。

感覚過敏のあるお子さんを持っている方でも、「発達障害の子供が辛がっている感覚」がわからなくなってしまうことがあります。

自分の中の普通では音がうるさく不快に感じないからです。

普通という言葉をおおく使っていると、相手のことを認めたり相手の感じ方を尊重できなくなってしまうのですね。

主観と客観をわけて物事を考えていれば、発達障害の子供を改善しなきゃいけないというようなとらえ方をしなくなってくると思います。

主観は変わりやすく、いつでも変わってしまう物差しに過ぎないことがあることを知ることが必要です。

普通・みんな・常識などの言葉を使いすぎない。
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発達障害は【病気】じゃない!療育疲れを防ぐ考え方のコツとは?まとめ

発達障害の子供を認めていくことは、療育を続けたり子育てをしていくにあたってとても重要なことです。

結局、これができていないと結果がでないとき、子育てや療育に疲れて挫折してしまうからです。

それを防ぐためには、発想を変える必要があります。

✅改善するのは行動。自閉症の子どもの人格・特性の否定ではない。
✅みんなと違うことは不安なこと。まずはそれを自覚する。
✅違いを認めることで「普通やみんな」という概念が自由になる。
という内容の記事でした!

(^o^)/

参考になれば幸いです。



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