【自閉症育児】療育って意味ないんじゃないの?【正解です。】

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親の悩みコラム
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こんにちは、秒で動くがモットーのぴょんたろうです。

 

秒で動くとは、ジョジョの世界みたいなものです。

 

誰かがハンカチを落としたら。

 

「お嬢さん落としたましたよ」と言ってから拾っては遅すぎます。

 

「あっ拾ってあげよう」と思ったときにはすでにハンカチを拾って埃を払う動作が完了しています。

(ザーワルドみたいなものです。)

 

「お嬢さん。落としましたよ」という笑顔と同時に、すでに目の前にハンカチが差し出されていなければなりません。

 

ホテルのサービス業を考えるとそのような一流のサービス業は行動が早いです。

相手よりも早く動く。

 

これが気遣いのコツです。

 

すみません。秒で動くとは?の説明をしてしまいました。

 

さて、今回はこのような疑問を持っている方を対象にした記事です。👇

 

考える人
自閉症の療育意味ないのでは?と思ってる親

自閉症の療育って意味あるの?

やっても時間の無駄でしょ、意味ないんじゃないの?
家では全然できるようになってないし。
療育ではうちの子、外面がいいだけなのよ。

 

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【自閉症】療育って意味ないんじゃないの?

【結論】半分正解です。

結論。

自閉症の療育はやっても意味がなくなることがあります。

ですので半分正解ですね。

 

理由を説明します。

理由①家庭でも継続しなければ意味ないから

単純に考えてみてください。

 

自分が新しく習ったことを、1度で完璧にできるでしょうか?

療育の意味はなくなってしまう理由は、身につくまでは継続的な練習が必要だからです。

 

せっかく自閉症のお子さんが療育で覚えてきたことがあっても、家では「それをしない」のであれば

それでいいのだろうと子供は学ぶこともあるかもしれないからです。

 

理由②どうやって何を教わったかわからないと教えられない

さらに教わってきた療育を意味のないものにしないために大切なことがあります。

 

反対にいいますと、これから書くことをしていないと療育機関での療育は意味のないものになるということです。

療育を意味のないものにしたい方は、これから書くこのやり方をしなければいいということになります。

 

結論。子供が療育機関で教えてもらったことの内容を親がきくこと
きいても家でやってみる機会があまりない場合、療育は無駄になる。

 

考える人
考える人

今回の療育では、どんな課題をどんな風に教えてどんな風に」わが子はそれをしたのだろうか?

 

大変なのですが、親自身がルンルンしながら

療育の先生に近づき。

家ではどうやったらいいのか教えてくらさい。

子供に教えたことをこのっ私にッ教えてください。(秒で。)というしかないのです。

 

 

自閉症の療育では、「何を教わったか?」よりも「どんな風に教わったか?」の方が大事な情報となるところに注意してください。

 

例えば、親と療育機関と協力して2人で「子供にダンスを教えている」という感覚で想像してみてください。

 

基本のステップターンを教えるとき、2種類の教え方があるとします。

 

思い切りが大事だよ。
見よう見まねで、やってごらん。

形から入るのが大事だよ。とにかくターンしてごらん。

まず動作だけを体で覚えましょう。ステップを細かくくぎってつなげてやってみましょう。

 

 

上記の2つでは、同じ動作を教えるの(覚えるの)に教え方がまるで違いますよね。

 

自閉症の子供にとって「先生と親とで違う方法」を教えてもらっていては、混乱します。
さらに、「違う方法で教わっていること」同じことだと気づけないことがあります。

 

つまりスキルとして身につくのも定型とちょっと違うぞ、と。

そうです、それが「療育って意味ないんじゃないの問題」につながることになります。

 

 

親は、療育の先生が子供に「どんなことを」「どんな風におしえてもらったのか?」知っておく必要があります。

 

親が療育では子供はどんなことをどんな風に教わってきたのか?きかないでいることや知らないでいることが、療育を結果的に意味のないものにしてしまうのです。

 

えーーー?私が家庭内療育をしないから意味ないっていうの?

逃げたい。

 

はい、逃げたいですよね。

 

オレは人間をやめるぞJo私は子育てをやめるわッーーー!!!!!!

 

無駄無駄ァ。

 

子育てからは逃げられないのです。

だったら覚悟をきめてみませんかね。

 

覚悟ッ!!!それは・・・(忘れた)

ジョルノだっけ?プロシュート兄貴だっけ?

もはやだれがいったのかすら忘れました。

 

でもジョジョの世界のギャングスタ―の誇だけは筆者は忘れずに持っています。

(自閉症の親の誇りとかぶっています。)

 

療育を無駄と言っている時間が無駄無駄ァ。

(荒木先生すみません)

なぜ「親が」知っておくのだろう?

 

驚いた人
驚いた人

知っておかないとなんでだめなの?

 

結論。療育が意味のないもの(無駄ァ)になるからです。
 
 
驚いた人
驚いた人

えっ?なんで親が療育で教えた内容をよく知らないことが療育を意味のないものにしてしまうの?

 
ダンスのステップをはじめても療育の先生とお母さんから違うことを言われても子供は「どうやってやったらいいのか」混乱してしまいすよね。
 
 
その場合は「家庭と療育」でできることの差がどんどん広がっていくだけになってしまうこともあります。
 
考える人
考える人
 
 

療育ではいい子だけど他所や家ではできないし、意味ないのでは
うちの子は二面性あるのよ。

外面がいいだけなの、家ではひどい子なのよ!

 

繰り返しますが、家でも教わったやり方を子供にとって一貫性のあるものにしないと

場所によってできることの差が生まれやすくなったり、あるいはなかなか療育で覚えたことが他の場所ではできないというようなことになりやすくなってしまいます。

 

・療育を意味ないものにするには、親は療育に対して受け身でGO!
何も聞かないようにする。
・療育の専門家や先生と家で子供の教え方の共通理解をはからないようにする。
自己流でGO!
 

受け身でGO!自己流でGO!

 
これで、自閉症の療育無駄ァ駅に一歩近づきます。
 
(そんな駅に行きたくない人は、いますぐに秒でマインドセットしなおしてください。)

理由②般化

 

うえの画像をみてください。☝

全部違うネコちゃんですよね。

でも同じネコちゃんですよね。

 

自閉症では、ねこと言われると言葉よりも絵で理解する法が多いといわれています。

 

同じネコだけど違うネコだよね

という言葉の意味がわからないのです。

 

驚いた人
驚いた人

えぇっネコって一番はじの「黒い生き物」のことでしょ?その右は違う生き物だよね?ネコ?どれがネコ?

はい。絵で理解すると、すべて同じネコはいません。でも全部ネコなのです。

 

このように

「ネコってこういう生き物だにゃん♡」(私はうさぎだけどね)

 

・・・というような

 
「△(三角形)の猫耳」「ニャーとなく」「4足歩行」などの共通の要素で構成された知識のかたまりを「概念理解」といいます。

 

自閉症では、この概念の理解がすっごーーーーく苦手です。

 

 

だから

 

壁に落書きしないように。

と言われても

ネコちゃんが一匹一匹違うのと同じような感じで壁を理解しちゃうのです。

 

「家の廊下側の壁A」と「トイレの壁B」「窓側の壁①ーA」は絵で考えたらぜんぶ違う壁です。

 

 

 

 

驚いた人
驚いた人

ええっ?

 

 

壁に落書きしないように。

・・・という言葉の中の「かべ」という概念の中には、「家の廊下側の壁A」と「トイレの壁B」「窓側の壁①ーA」も含まれますよね。

ついでに世界中の壁や、「心の壁や育児の壁。」なんかの抽象的な概念も含まれますよね。

 

(概念=共通項(共通要素)でくくること)

 

言葉(言語情報)の中には、違う意味の言葉を1つの単語で表すことができます。

 

(例)
綺麗な人 (=姿かたちの整った)
綺麗な夕焼け (=心が揺さぶられるような美しい)
綺麗なタオル (=まだ使っていない・洗い立ての)
綺麗な床 (=ゴミが一つも散らかっていない)
 
上記☝の「キレイ人」「綺麗な夕焼け」などを絵で想像してみてください。
まったく違う絵になりませんか?
 
でも「言葉ではひとこと綺麗」でいろんな意味が通じるのです。

 

ですが、前述したように絵であらわすと、自閉症の方にとってそれはとても難しいことのようなのです。

 

このように1つのこと(ネコちゃん)をすべて(のネコちゃん)に当てはめる(適用)することを般化といいます。

 

わかったぞ!だから、自閉症では「療育機関と家庭」で場所の般化ができていないことがあるかもしれないんだ!
分けて考えていてスキルができる場所とできない場所があるんだね!

 

【参考:⇒「うちの子本当は家ではできるんです」それって自閉症の特性かもよ?】

場所とのつながりをつくってみよう

自閉症では、般化という特性があります。

 

ねぇねぇお母さん。今日は〇〇ちゃんと〇〇をしたよー!!

 

自閉症では場所が変わるとできていたことができなくなるとういうことがあります。

 

定型発達のお子さんがお母さんに幼稚園や小学校であったできごとを(小学校ではないかな?)話してくれるところを想像してください。

 

「誰と何をしたのか?」

これをよく語ってくれると思います。

 

私たち人は、本能的には同じ仲間とのつながりを求めています。

誰とどのようなことをしたのか?

人に対しての記憶の方が優位になっていますよね。

 

ですが自閉症では、「どこで何をしたのか?」よりも「どこ(場所)で何が起きたのか?」の方が重要な記憶に残りやすいのです。

 

 

伝えたかったのは自閉症では「場所でのつながり」が強いということです。

 

★おやつを食べる場所
★着替えをする場所
★リラックスする場所  (などなど)

 

場所によって「ここは何をするのか?」の記憶のつながりが強いのです。

 

ですので

 

療育やっても他所や家ではできないし、意味ないのでは?
うちの子は二面性あるのよ。
外面がいいだけなの、家ではひどい子なのよ!

 

・・・という親の悩みは、もしかしたら裏には般化の問題ということもあるかもしれないのです。

 

考える人
考える人

家でも場所と何をするのか?のつながりをはっきりさせてあげればできるかもしれないってこと?

 

そうですそうです。(^^♪

 

二面性や外面がいいという言葉を使うよりは、自閉症の特性があるのかもしれないという目でみてあげるといいと思います。

 

うちの子は他所ではできないし療育の場所では外面がいいだけだ無駄ァ⇒般化の特性におきかえて考えてみよう
 
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【自閉症】療育って意味ない?

どうやって場所のつながりをはっきりさせるの?

ではどうやって場所とすることのつながりを「はっきりさせれば」いいのでしょうか?

それは次回の記事で書きます。

(⇒現在、作成中です。)

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まとめ

・療育は意味ないものにするかどうかは、親次第。
 

ダンスをおそわっても、家で自主練する人と教わりっぱなしな人では違いがでてきます。

もちろん、覚える個人差はあるかもしれません。

 

体の動かし方の癖や、場合によっては「リズム感」から教えるかもしれません。

大事なのは「意味ない」と思うことではありません。

 

それこそなんの意味もないことだと筆者は思いますよ。

 

 

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