挫折に強くなる考え方7つを解説します【実体験】

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ぴょん太郎
ぴょん太郎

こんにちは、ぴょんたろうです。

唐突ですが筆者はとても恵まれていると思います。

ちなみに人生の経歴はこんな感じです。↓

・母子家庭で育つ
・大学には経済的な事情で行けなかった
・パニック障害発症
・病院で色々検査したらアスペルガーの傾向がありますねと言われた(えっ)

・息子は障害(自閉症とADHD傾向)があり支援級
客観的にはわりと大変なのかもしれない(?)経歴に見えるのかもしれません。
 
何度か人生で絶望を経験しました。
ですが、ある考え方を学んで乗り越えていくうちに人生が辛くなくなりました。
 
むしろ今はちょっと充実しているくらいです。
 
 
筆者の中には、「普通」という概念がありません。
 
ですから幼稚園で「他の家(の子供)には父親(おとうさん)と呼ばれる存在がいることをはじめて知った」のです。
 
父親がいないことを「普通」と思っている人間には「それが世間でいうところの普通ではない」ことに気づかないのです。
 
この記事を読んでいるあなたは「両親が二人ともそろっていて、大学に行けて、パニック障害という病気を発症していなくて、子供は健常児ですか?」
 
そのようなあなたから見たら、私は「普通の家庭に育って普通の幸せを得られない可哀想な(あるいは哀れな人生)に見えるのでしょうか。
 
でも、哀れに思われたり同情されようが、私にとっては「これが私の普通」なのです。
普通(当たり前)であるので、私は疑問を持たないんです。
 
子供が障害があることもそうだし、筆者自身が父親がいなかろうが、私の人生に一ミリの影響も与えません。
 
それは私が弱いからです。
 
 
もし、私よりも大変な環境(内紛とかある国)から見れば私はとても幸せに見えることでしょう。
 
 
もし、私が「私よりも大変な生活の人がいる」と思うことで自分の精神状態を保っていたとしたら、世の中は負の感情でいっぱいになってしまいます。
 
自分よりも「下の境遇の人」と比較することを下方比較といいます。
 
人の人生に「比較」は無意味です。
 
だから私は比較することはしないように気を付けています。
 
今回の記事はこんな人に読んでもらいたいです。
 
・障害のある子供を受け入れられない方
・家庭環境が悪かったせいで色々人生が辛い方
・持病を受け入れられず苦悩している方

考える人
考える人

私の人生こんなはずじゃなかったのに

 
筆者は、客観では平均的な家庭からわりと逸脱している気がします。
ですが、まったく辛くないどころかちょっと楽しい人生を送っています。
 
メンタルは文章に現れます。
私のメンタルがズタズタだと読んだ方にも病んでいる感が伝わる思います。
 
もし、あなたが私の記事の文章を読んで「あっ、メンタル弱い人に挫折しない理由を教えてもらってもしょうがない」少しでも感じたら、ブラウザバックしてください。
 
あなたにとっての人生の貴重な時間が無駄になるからです。
それを私も望んでいないからです。
 
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【逆境】挫折に強い人の考え方7つを解説します【実体験】

比較しない

比較しないことです。

なぜかというと意味がないからです。

なぜ意味がないかというと比較すると自分の立ち位置が「コロコロ変わるから」です。

私は、いま記事を書いています。

書いている私の主観的偏差値を50だとします。

75のひとから見たら「低く」なります。

38の人から見たら「高く」なります。

本来、あなた(や私)という人間の存在している価値は「高くなったり低くなったり」するものではありません。

自分の価値は、揺らがない一定であるはずです。

それを容易にひっくり返してしまう「比較」は意味がないのです。

喜んだり、落ち込んだりすることは自然な感情で大事です。

ですが、比較することで自分で自分をはかるものさしという基準が変わってしまうと、疲れてきます。

基準は「何を基準にするか?」で変わるのです。

「容易に目盛りが変わってしまうものさし」を使って測ったあなたはの価値は、本当に正確なのでしょうか?

目盛りがコロコロ変わるものさしは「正確にはかれない」ので捨てよう。

だめな部分を否定しない

だめな部分は誰にでもあります。

何を「だめ」だと思うかというのは、その人の基準によって変わってきます。

単にそれだけのことです。

あなたの中のものさしで測ったとき、「あ、だめだなあ、自分」と感じた。

ただそれだけのことです。

だめと思う部分もあっていいのです。

本当にだめなのは、「だめだと思う自分をだめだ」と思うことです。

これを自己嫌悪といいます。

私は、弱いのですがそれを否定してしまうと「弱い情けない自分はだめだ」となります。

 

私は弱い。それが何か?

伝わってますでしょうか。

むしろちょっと強いくらいになるのではないでしょうか。

自分の弱さを認めていると「だからそれがなんなのだ」という感じになります。

だめな部分をだめと言わない。

ポジティブシンキングはしない(ネガティブで成功する)

ポジティブシンキングが流行りました。

ですが、人のモチベーションのタイプは2種類あります。
(正確にはもっと細かく分かれるのですが、とりあえず)

ポジティブシンキングは、もともとネガティブ脳な人にはむいていません。

A)不安や心配事を避けるのがモチベーションになる人(偏桃体優位)
B)何かを手に入れるのがモチベーションになる人 (大脳辺縁系優位)
A)の人は、悲観脳(ネガティブ)タイプです。
怖がりで、危険やリスクを回避しやすいのです。
 
偏桃体は恐怖を司る脳の部位です。
 
そのため、A)のタイプは不安要素を避けようとしてモチベーションがあがります。
「問題解決」のために全力を尽くすし、危険や心配ごとがあると行動力が増します。
 
例えば、災害時にはみなさん「水や食料をそろえようとしたり、日ごろから防災対策をしたりすると思います。
 
そんな感覚に近いです。
 
極端にいうとA)タイプは自分の身を守る意識がとても強いのです。
 
試験にこのままでは受からないと不安を感じたら、勉強のやる気が出たりします。
 
Aタイプを動かすセールストーク
「万が一のときにこれがあれば安心ですよ」
こんな感じです。
危ない橋を渡らないタイプです。
 
考える人
考える人

危機管理意識が高くて問題解決が得意なんだね。

そのようなネガティブ脳の人が無理してポジティブシンキングをしようとすると、うまくいきません。
 
元々、脳がそういうタイプだからです。
 
ネガティブな自分を変えたくて「もっとポジティブな自分になりたい」と思うこと自体が、今の自分を否定してしまうことにつながります。
 
筆者はそれを何年かやってみたことがあります。
 
ですが、ある時ネガティブなことを考えてはいけないと思いすぎて、ポジティブに考えられない自分を責めてしまってメンタルが落ちました。
 
 
やはり自分にむいていないタイプになろうとすると本来の自分の生き方とずれるのです。
 
ネガティブ脳の得意なこと
・楽観的にならないで現実的にものごとを見れる
(人生で失敗する確率が減る)
・マイナスが強ければ強いほどモチベーションがあがる
・計画性がある・計算する
 
ネガティブ脳を受け入れる

期待はゼロにする

期待はゼロにします。

筆者は、アメリカのカリフォルニア大学、リバーサイド校の教授が書いている「幸せがずっと続く12の行動習慣」という本を持っています。

ポジティブ心理学の初期でしょうか。

2012年なので。

その本の122Pを数年、実践してみたことがあります。

「最高の自分像日記をつける・思い描きましょう」というものです。

その本の中では「目標をすべて達成したあなたは」という表現があります。

確かに、自分に期待して理想を描くとその直後は気分の向上がみられます。

直後だけです。

ですが、私はこれを実験してみてわかったことがあります。

想像の中でいくら「理想・期待・最高の自分」を思い描いたところで現実は変わらないのです。

そればかりか自己への期待ばかりが膨らんでしまうという弊害すらある場合もあります。

すると、実際の現実の自分と期待感によって自分という自我がちょっと大きくなります。
(自我拡張または拡張自我といいます。)

わかったことは、期待すればするほど現実の自分に引き戻されたとき、「できていない感覚」のギャップが大きくなって自分への失望が大きくなるだけということです。

 

今のポジティブ心理学の界隈では期待はよくないのではないかという風潮になっているようです。

もっと早く教えてください。(;´・ω・)

期待することは、頭の中で起きることです。

それよりも、行動して記録して、改善するサイクルを実際にしたほうがいいです。

期待はゼロにする。

今・ここに集中する

今・ここに集中します。

これはマインドフルネスの最重要概念でもあります。

人の意識はしばしば「過去や未来」にタイムスリップしたりします。

ですが、あなたが生きているのは「過去でも未来でもなく現在」なのです。

変えられない過去や、未だ起きていないことを妄想するよりも「今・何をすべきか」に集中することが大事です。

今に生きる。今を生きる。

客観と主観を常に意識する

客観と主観をわけることがとても大事です。

なぜならば、自分と他者の関係において影響を受ける受けないが決まってきてしまうからです。

人は「主観を真実だと思ってしまう」のです。

これは私もできていないことが多いです。

子供の観察力する時にも必須です。

なぜならば、100%の真実がない世の中では「事実をなるべく正確に評価する必要があるとき」があります。

それが子供の感情・自分の感情、事実・状況をわけることです。

できていないことが多い私はありがたいことに、K先生が「主観になってる」と教えてくれたりしました。

自分でだめだと思っている「それ」は果たして真実でしょうか?

お子さんを障害があるから「〇〇」だと思うのは主観です。

それは、いったいどこの誰の中の真実なのでしょうか。

客観と主観を分別する。

起きているできごとの意味づけをする

挫折して心が折れそうになったら、できごとに意味を見出すのがオススメです。

起きているできごとに意味がないことを人はし続けることはできません。

もし、私が書いているこのブログを読んでくれた方の人生が救われたら嬉しいです。

私の意味づけはこうなります。↑

お金を稼ぐのも大事です。

Googleアドセンスはすぐに稼げません。

1年ブログが続く人の割合は1割です。

1記事に3~6時間かかるわけですから、何か月もタダ働きが続きます。

 

驚いた人
驚いた人

意味ないじゃん。やめよう。

はい。お金を稼ぐという意味を求めている人には意味がないのでブログは続かないかもしれません。

バイトしたほうがよっぽど目的のために「意味がある行動をしているから」です。

・母子家庭で育つ
・大学には経済的な事情で行けなかった
・東日本大震災のショックでパニック障害発症
・病院で色々検査したらアスペルガーの傾向が出てますと言われた
・息子は障害(自閉症とADHD傾向)があり支援級
私には全部意味があることなのです。
 
今の私(と人生)を形作っているものは、これらだからです。
 
 
母子家庭で育った事実と「自分という存在や能力」はまた別です。
大学進学はいわずもがな、もちろんです。
 
 
学歴社会の名残は確かにあります。
 
筆者は早稲田フィルターのかかった企業に勤めていましたので、出身大学を上の人間が下の人間をざっくりと評価するときに使っているのを目の前で見てきました。
 
それはあまり意味のあるものではありません。
 
なぜならば人は(目の前の相手を評価するために知識や手間を省くために=つまり脳の省エネのために)簡単に学歴や診断名でカテゴライズしてラベリングしているだけだからです。
 
意識して分析しようとしなければならないのです。
 
勝手にラベリングされることは、ラベリングをしてくる人が「手間を省きたい」だけであって、あなたや私の価値がラベリングされたことで変わるわけではないのです。
 
 
 
 
子供の障害名の診断には客観的に意味がありますが、主観的に意味はありません。
 
外から勝手につけられたものは「ざっくりとわけるためのものだから」です。
 
あなたは、自分。
そして、子ども・家族。
他人を「どんなフィルターで見ていますか?」
 
そのフィルターの色を決めるのは自分です。
 
そのフィルターをはずすか・はずさないか選ぶのもあなた自身です。
 
もしかすると。
 
スカウターいらないのかもしれないですという話です。
 
(今・ドラゴンボールZのバトルアンリミテッドという曲で作業しています。)
 
 
 
ベジータはスカウターを外して、自分の足で粉々に踏み潰したというシーンがありました。
 
 
なぜか知っていますよね。
 
ベジータ曰く「意味がないことに気づいたから」だそうです。
 
こんなもの(スカウター)では「相手の本当の能力は測れない」と言っています。
 
あなたは、どうでしょうか。
私はスカウター捨てました。
(ベジータに言われたんで。)
 
己の目で、己の感覚を研ぎ澄ませて、心で感じるのを忘れていませんか。
 
確かこれも、ピッコロが悟飯に教えていたと思います。
 
スカウターよりも自分の心の目を信じてみよう。
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まとめ

ベジータとピッコロはカッコいいという結論になってしまいました。

ベジータも悟飯も「自分を信じた」ということですね。

機械の測定結果うんぬんではなく。

あなたが信じる人は誰でしょうか。

ちなみに、筆者が信じているのは自分です。

(`・ω・´)キリッ

最後までよんでくださりありがとうございます。

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